いつも『疑心暗鬼』な人への7つのうまい対処法

疑心暗鬼疑念があると、なんでもないことに恐怖心が沸き起こります。

1つ1つに悪意に満ちていると感じたり、本来なら何の繋がりがない出来事も全て自分を中心に勝手に結びついてしまうため、被害妄想ばかりが膨らんで辛くなる、これが疑心暗鬼です。

人には多かれ少なかれ疑心暗鬼が潜んでいます。そして些細なことをきっかけにして、表層に浮かび上がってきては苦しむもの。これ自体は、自己防衛機能に基づくごくごく普通の反応ですし、大半の人はこの感情をうまくかわしながら日常生活を送っています。

しかし、なかには疑心暗鬼に囚われ抜け出せない人もいます。

今回は、この『疑心暗鬼から抜け出せない人』とうまく付き合う方法をお伝えします。

 

いつも『疑心暗鬼』な人への7つのうまい対処法

 



 

『疑心暗鬼』とはなにかを知りましょう。


 

例えば、自分から離れたところで数人が固まってひそひそ話をしているとしましょう。この光景を見て「自分のことについて悪口を言っているんだろうか」となんとなく嫌な気持ちになる時、あなたの心の中には不安と自信のなさが渦巻いていることに気づくでしょうか。

自分に自信があり、特に何の心当たりもなければ、同じ光景を目にしても「サボってないでやることやれよ」とは思っても「もしかして自分のこと?」とは思わないもの。そもそも、ひそひそ話をしていること自体だって気にならないかもしれません。また、同じ光景でも昨日は気になったけれど今日は気にならない、という経験をされたことがある方もいるのではないでしょうか。

このように疑心暗鬼の根底には『コンプレックス』『トラウマ』『低い自己肯定感』などからくる『不安』があります。この感情自体は程度の差こそあれ本来誰もに備わっており、心理状況によって大きく変動するのだということをまずは覚えておきましょう。

そう、疑心暗鬼自体は何も特別なものではないのです。

 

「囚われる人」と「囚われない人」の違いを知りましょう。


 

疑心暗鬼は、本来誰にでもあるものとお話しました。当然快い感情ではありませんよね。

人間は大抵こんな時、誰かに愚痴や悩みを聞いてもらったり、自分なりの方法で発散したり、とうまく折り合いをつけながら乗り切っています。

ところが、中には長年疑心暗鬼に苛まれている人がいます。

もちろん自分なりに努力し、時間をかけて克服していく人もたくさんいます。しかし「こんな考え方を変えたい」と言いつつ結局まったく変わることがない場合、彼ら・彼女らは潜在意識で「変わりたくない」と思っている可能性が高いと言えます。

何故なら被害妄想に囚われ、「自分はこんなに苦しい」というヒロイズムに酔っている間はそれ以外に目を向けなくて良いから。

自分で思考し成長のために努力することは、現状に甘んずるより遥かに大変なことです。囚われている間は、楽な方向に逃避する自分を正当化することができます。厳しい言い方になりますが、自ら望んで疑心暗鬼に囚われているようなものと言えるでしょう。

 

理解の第一歩は「受容」と「共感」であると知りましょう。


 

さて、疑心暗鬼について知ったところで具体的な対処法を検討していきましょう。

相手を理解するために大切なのは『受容』と『共感』です。

他人から見たら「甘ったれている」と思うかもしれないことでも、当の本人は本気で苦しんでいます。

逆も然り、他人から見たらなんでもないであろうことでも自分にとっては大問題、という経験、ありませんか? 価値観や考え方は人それぞれということをまずは念頭に置いてください。

その上で「辛いんだろうな」と共感する。「そんな面も相手を形作る要素なんだ」と受容する。

今すぐに気持ちは通じないかもしれなくても「味方がいてくれる」という事実はそれだけで救われるものなのです。

 

相手の性質を見極めましょう。


 

いくら「受容」と「共感」とはいえ、自分が潰れてしまっては元も子もありません。うまい対処法を考えるなら、冷静な判断を下す目を持つことも必要です。相手の性質を見極めましょう。

相手が本気で苦しんでいて、変わりたいと努力しているならば、根気よく付き合っていくのも1つの手です。

コミュニケーションには、言語コミュニケーション(言葉を使う交流:会話、手紙やメールといった文字のやり取りなど)と非言語コミュニケーション(言葉以外での交流:態度、目線、声のトーンなど)の2種類がありますが、どちらかというと非言語コミュニケーションのほうが重要な役割を担っています。

つまり「言葉だけではダメ」ということ。「私はあなたの味方だ」というメッセージをちゃんと態度でも示してあげるようにしましょう。

問題は「変わりたい」と言いつつ、周囲の協力や説得に対しなんだかんだと言い訳するケース。このタイプについては、次の項目から説明していきましょう。

 

気を使いすぎる必要はないと知りましょう。


 

相手が疑心暗鬼からネガティブ思考に苛まれているからといって、こちらが気を使いすぎる必要はありません。逆に、知らず腫れ物に触るような態度になってしまうことで、相手は却って孤立感や虚無感を深めてしまいかねません。

一定の配慮は必要としても「こちらもそのような態度を取られるのは辛い」「そんな言動をされるとこちらも傷つく」といったようなことはきちんと伝えるべきです。

ネガティブな言動は受ける側もエネルギーを消費します。そこから目を背けて付き合うとこちらも苦しくなってしまいます。

また、相手も自分の状況や欠点を第三者から指摘されることで、反省したり考察する機会を得ることができます。

本当に変わりたいという気があるなら凹んでも、相手が自分のためを思って言ってくれた意見を活かそうと足掻くはずです。

 

「譲歩案を設定する」ことも大切です。


 

我慢や気遣いも度を越えてくると、相手への怒りや憎しみに変わります。

特に相手に変化がなく言い訳ばかりしてくる場合はなおさら、心を砕いている分だけ「こっちがこれだけしてやってるのに」という気持ちへと移行していきがちです。

そもそもこちらが配慮しているのに相手がそれに甘え、当然と感じている時点で互いの立場は対等ではありません。これでは腹が立つのも当然ですよね。

こんな余計なストレスを抱えないためにも譲歩案を出しましょう。「ここまでなら合わせてあげられる、それ以上の要求は認めない」ときっちり自分の中でも線引きするのです。

そして決めたからにはブレてはいけません。この境界線が曖昧だとどこまでも相手の都合に振り回されることになってしまいます。また、相手もあなたの弱さやブレを見抜いてつけこんできます。

 

最終手段「縁を切れ」!!


 

どれだけ配慮しても状況は変わらない。周囲を巻き込み振り回し、皆が疲弊しているのにそれでも相手は「でも」「だって」の繰り返し、挙句の果てには「わかってくれない」と逆ギレ!

もうこうなっては手のつけようがありません。あなた自身がボロボロに食われる前に縁を切ってしまいましょう。

……薄情に聞こえますか? 極論のようですか? はっきり言いましょう、それはあなたが『情に振り回され』『いい人でいたいという打算があるから』です。

もちろん、共倒れになるか、相手のために心身ともに疲弊しても関わっていたいと思う、もしくはあなた自身が共依存に陥っている可能性もありますが、これらを望むなら止めはしません。

そして、正直な話「縁を切る」というのもエネルギーが必要です。誰だってできればイイ人でいたいのですから。

しかし、あなた自身や周囲がこれ以上できないところまで手を尽くしても変わらないのならば、それは最早本人の問題。他人がどうこうできる範疇を越えています。

よって、縁を切ることに対して罪悪感を感じる必要はありません。だって、あなたはやれることをすべてやったのですから。

そして相手も、自分を受け入れてくれていた人が去っていって初めて、気づきを得て発起することもあるのです。

 

まとめ


 

いかがでしたか?

あなたの心遣いが功を奏し、相手が疑心暗鬼から少しずつでも解き放たれてくれればよいのですが、うまくいかない場合も往々にしてあります。

もしも縁が切ることを決めたなら、フェイドアウトはゆっくりと。逆恨みされないようにだけ注意して、後は相手が他に寄生する相手を見つけようが望ましくない道を選ぼうが一切関わりを持たないと腹をくくりましょう。

大丈夫、この世に生きる人すべて、自分の人生は自己責任。「あなたのせいではありません」。

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