自己憐憫に溺れる人がダメな7つの理由

    自己憐憫

    自己憐憫と聞いてもピンとこない人も多いかと思います。

    また、言葉は聞いたことがあるけれど、そこまで詳しく意味を知っているわけではないという人も少なくないでしょう。

    自己憐憫は、極めて簡単に言えば「自分を可哀想だと思う、自分を憐れだと思う」と言うことです。

    この感情は、いわゆる「悲劇のヒロインイズム」とも言え、可哀想な自分に酔うものです。

    心理学的に見ても、非常に利己的な人物と判断します。

    今回は、自己憐憫に溺れる人がダメな理由についてお伝えします。

     

    自己憐憫に溺れる人がダメな7つの理由

     



     

    自己憐憫とは?


     

    自己憐憫とは、「自分って何て可哀想なんだろう」「自分は憐れで仕方がない」と言う負の感情のことを言います。

    男性では、大人になり切れない大人を称して「ピーターパンシンドローム」と呼称しますが、この場合は「シンデレラシンドローム」もしくは「悲劇のヒロインシンドローム」と言えます。

    そして、この手の人は、決まってナルシストです。

    世の中の多くのことが自分中心で、自分の周囲にしか考えが及ばない人です。

    非常に利己的で、現在の言葉で言うと「かまってちゃん」という人に該当します。

    真の負の感情しか抱いていない人は、基本的に感情は押し込むものです。

    自己憐憫が好きな人は、自分の中に押し込むのではなく、他者へ向けての発信となってしまいます。

    ですが、こういう考え方は、心理学者ユングが提唱する人間の苦しみの2つの内の1つを抱えてしまうことになります。

    それは「執着」です。

    自己憐憫の人は、そこから一歩も考えが進まないため、ずっと「自分は可哀想」と言う考えのままなのです。

     

    自己憐憫の人は共感能力に著しく欠ける?


     

    自己憐憫は軽いものはともかく、ある程度のレベルの場合は、いわゆる共感能力の欠如「サイコパス」や「アスペルガーシンドローム」が元になる場合が多いと言えます。

    猟奇殺人者や、連続殺人犯には、このサイコパスやアスペルガーを患っているケースが多いのです。

    共感能力は、他人との生活の上で必要不可欠なもので、他人の嬉しい、悲しい、悔しい、腹立たしいなどの気持ちを想像できなければなりません。

    包丁があって、これを刺したら相手は痛いんだろうなと想像できなければ、最悪の場合、何でもない理由で人を刺してしまうのです。その痛みを想像できるなら、到底そんなことはできません。

    しかし、自己憐憫に溺れるような人は、自分の痛みは想像できても、相手が同等の痛みを感じたり、その痛みによって何を思うのかがさっぱり判らないのです。

    IQが異常に高いサイコパスの猟奇殺人者いわく、「相手の感情が判らないから、学習してパターン化し、社会に馴染むようにした」と言うほど他者に共感できないのです。

    そこまではいかなくても、自己憐憫が好きな人は周囲と基本的に馴染めません。

     

    中身がからっぽのナルシスト


     

    自己憐憫に溺れる人は、実は本当に自分のことが大事で、自分が大好きな人なのです。

    こういう人は、基本的にナルシストで、その度合いもマックスと言える人です。

    周囲からどう見られるかばかり気にして、外見ばかりにとらわれます。

    しかし、共感能力がないので、他人がどう思っているかなど、全く理解できないため、どんどんエスカレートしていきます。

    必然的に中身を磨く暇もなく、また外部に見えていないものにはあまり関心がないので、いつまで経っても、からっぽのままの人間で成長しません。

    当然のことですが、そんなからっぽの人と付き合っていても誰も楽しくはないですから、人はどんどん去っていきます。

    しかし、自己憐憫に溺れる人は、その理由が自分のからっぽさ加減にあるとは考えません。

    そして、去っていくのも他者の責にして、ますます自己憐憫におちいっていくのです。

     

    基本的に自分をかえりみない


     

    自己憐憫におちいっている人は、まず自分をかえりみることがありません。

    常に全ては人のせい、世の中のせい、自分は常に正しいのに、周囲が全く判ってくれないからおかしいのだ、だから私はこんなに不幸なんだとしか考えません。

    「失敗は成功の母」と言うように、自分自身を立ちかえらなければ、同じ失敗を繰り返すだけです。

    失敗の上にこそ、成功が積み上がっていくのですが、自己憐憫に溺れる人は、これまで失敗したことがあるとは思っていません。

    失敗があったとしても、それは自分の責によるものではないと考えているからです。

    当然のことですが、失敗を繰り返す人、反省のない人からは、他者はどんどん離れていくものです。

     

    時と場所を選ばない


     

    自己憐憫に溺れている人は、自己中心的で、自分の世界しか見えていません。

    そのため、時や場所を選ばずに自分を憐れむ感情を表に出します。

    周囲の人は、最初はともかく、しばらくすると「ああ、またか」と言う程度にしか思ってくれません。

    本当に悲惨な目に遭っても、肝心な時には同情すらされなくなります。

    また、自己憐憫に溺れる人には、どんな慰めの言葉も無駄です。

    自分の世界観ができあがっているために、他者の世界観による思考は受け入れないのです。

     

    ナルシストは、人の評価基準を間違えている?


     

    自己憐憫は、ナルシストと通じます。

    ナルシストは、人の目を意識して、人に良く思われたい人の代表格です。

    それが高じて、自己憐憫に溺れていくわけですが、人の心理は不思議なもので、アピールする人に対しては反発を抱きます。

    つまり、自己憐憫が強ければ強いほど、人は同情しないのです。

    特に日本人は、「我慢が美徳」と言う心理がまだまだ根強く残っていますので、自分で自分を可哀想などと言う人を相手にしません。

    自己憐憫に溺れているナルシストな人ほど、相手にされないわけです。

    それでも、判断基準が間違ったままの人は、結局、自分だけの基準が正しいと思い込んでいるからなのです。

     

    自己憐憫に溺れている状態では内にこもっていくだけ


     

    自己憐憫に溺れる人は、結果的に誰にも理解されませんし、誰もついていけません。

    しかし、自分が間違っているという視点に立てない自己憐憫に溺れている人は、変わるということがありません。

    そうなると、やがて外へ向けての感情の排出ができなくなります。

    結果として、自分自身の内在世界にこもっていくしかなくなるのです。

    こうなってしまうと、自己解決もままならず、どんどん引きこもってしまい、世間や社会を恨んで生きていくしかありません。

    これを解決するには、自分自身が自己憐憫に溺れている人間であると素直に認め、そこから考えを解放するしかありません。

    ですが、自己憐憫に溺れている人にとっては、それが最もハードルが高いものなのです。

     

    まとめ


     

    いかがでしたでしょうか?

    今回は、自己憐憫に溺れる人がダメな理由を7つお伝えしました。

    ダメな理由もさることながら、自己憐憫の良い点は全く存在しないということを知っておくべきです。

    自己憐憫に溺れている人は、結局は頑固で全てのことに自分なりの自己解決をしています。

    ただし、それが正しい解決策ではないために、軋轢を生む結果になります。

    一見、自分をおとしめているように見える自己憐憫ですが、それが全く逆であると言うことをしっかり頭に叩きこんでおきましょう。

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      コメント

      1. says:

        いきなりすみません。
        自己憐憫がなぜダメなのか分かりません
        自分で自分をかわいそうだと言ってる人に
        自分をかわいそうだと思うなと言うのは
        むしろ逆効果だと思います。
        あなたの基準でかわいそうかどうかで決めつけてませんか?
        本当に精神的に追い詰められてそう言っているかもしれないのに、そんなのかわいそうだと思うんですが。単純にただ…ウソでもいいから優しい言葉を聞きたかっただけだと思うんです。

      2. psychology-time says:

        コメントありがとうございます。

        おっしゃられるとおり、一方的に、強い口調で書いてしまったかもしれません。お気を悪くさせてしまったようで、誠に申し訳ありません。

        ただ、おわかり頂きたい点として、今回の趣旨は、”一時的な”自己憐憫ではなく、”溺れる=定常化”してしまっている自己憐憫についてだという事です。

        おそらく、光さんの場合は、一時的な自己憐憫を前提としたご意見だと思います。その場合、おっしゃるとおり、それが健全かとも思います。

        ただ、これが、程度次第ですが、定常化して思考が偏ると、ここに書いたような弊害が出てくると私は思います。

        今回は、貴重なご意見ありがとうございました。また、コメントあれば、よろしくおねがいします。

      3. says:

        良く分かりました、
        コメントありがとうございます。

      4. トリッピー says:

        自分の行動が一般的に間違っていない、確実に相手に問題があり、なぜ自分はついていないのか感じている。
        相手も責任とれない事を口走り、結果全て自己責任だろと言う。
        別にナルシストじゃないし、他人の目気にしてません
        自分の考え『だけ』で物事語ってはいけないので?
        見方を変えてみてはどうですか?
        会社や上司必ず正しい事を言うかというとそうではないですよね?
        ヒラメ俗や茶坊主でなければ、一般的に世の中生きていけないですよね?

        • psychology-time says:

          コメントの内容が自己憐憫の話とリンクしているように思えませんでした。ただ、いづれにしても、今の環境に嘆いていても仕方ありませんので、自分が変わる、自分の環境を変えるなど、(まわりではなく)自分視点で変わる意識を持たれた方が良い方向へ進んでいくのではないかと思いました。

      5. hal says:

        もし、自分の家族が自己憐憫だったとしたら、そこから助け出すためにはどうしたらいいのでしょうか。自分だけがかわいそう。自分だけが悪者にされている。という思い込みをなくしてあげるには、どうしたらいいのでしょうか。

      6. 匿名 says:

        まったくその通りだと思いました。
        精神障害を持っていますが、原因はあれどそれに執着して親が社会がと、私もその中に埋もれていました
        私は江原さんのラジオ番組から考え方を学び自己憐憫というワードの意味を調べたくここに流れ着きました。

        リアルでも、文章を読んでいてもそうですが、
        自己憐憫な方って、褒められ待ちしてますよね。
        あなたの考えは正しいですよと言ってもらいたい。
        自分で勝手に自己採点して尻尾振ってる。
        相手の反応が悪いと不満を漏らして相手がちゃんと褒めてくれなかった。それが悪いと非難する
        正しいと言ってもらえるまで引き下がれない。

        気持ちはわかりますが、ハッキリ言って時間をムダにしてる。

        自分の目から周りを見るんじゃなくて、周りに溶け込む自分とその周りを見れる目を養えさえすれば=俯瞰して見る。
        自分の恥ずかしさに気付く。

        ここでまた学べて良かったです。
        点と点が線で繋がったスッキリ感がありました。
        良い学びをありがとうございました✨✨

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